私が数年前に購入したファットバイクは油圧式ディスクブレーキが標準装備でした。
納車からしばらくの間は、そのブレーキタッチの軽さと制動力の高さに驚かされっぱなしで、急制動で勝手にリアアップなんて珍事も。
数十年ぶりの自転車購入で油圧式どころかディスクブレーキ自体の予備知識がゼロだった私は、嫌と言うほどこのブレーキに振り回され、最初の一年は随分と頭を悩ませた記憶があります。
結局、知識不足が原因で油圧式ディスクブレーキに苦手意識を持つようになり、クリアランス調整に自由度のある機械式ディスクブレーキに乗り換えるという顛末。
こちらはこちらで片側ピストンによるパッドの片減りやローターの歪み、ワイヤーによるの引きの重さや制動力不足などの欠点があり、タイヤをロック出来るくらいまで調整を追い込むには慣れやコツが必要になります。
私が現在使用している機械式ディスクブレーキはSHIMANO BR-M375と言うペアで4000円もしないエントリークラスの製品。
当然の事ながら、機械式ディスクブレーキではスタンダードな片側ピストン式です。
この片側ピストン式でもフルブレーキでタイヤをロックできますし、私の用途ではエントリークラスの制動力で十分……そんなふうに思っていましたが、物欲と好奇心には逆らえません。
機械式から機械式への交換につき劇的な変化は望めないとは思いつつ、以前から気になってい対向ピストン採用の機械式ディスクブレーキを試してみることに。
油圧式と同じ仕組みの対向ピストンは、左右のパッドが均等にディスクローターを挟み込んでくれるのでパッドの片減りが無く、ブレーキング時もローターが歪みません。
また、パッドとローター間のクリアランス幅が常に一定となる油圧式よりも調整に自由度があり、走行中にシャリシャリとノイズを奏でるブレーキの引きずり音が簡単に解消できる利点もあります。
エントリーモデルのクロスバイクにすら油圧式が採用されるご時世ですが、今回は対向ピストン採用の機械式ディスクブレーキのパイオニア。
『TRP SPYKE/SPYRE』の感想や調整方法についてまとめてみます。
選択肢が少ない『対向ピストン』の機械式ディスクブレーキ
対向ピストンを採用した機械式ディスクブレーキは幾つかリリースされていますが、TRP社製と後発のREVER社製が注目株。
対向ピストンは片側ピストンと比べてリターンスプリングが二倍になるので、ブレーキレバーの引きが重くなってしまう欠点があるのですが、後発のREVER社製はその点が軽減されているとのこと。
REVER社製にはロード用のMCX1とMTB用のMTN1があり、加えてロード用にはフラットマウント対応のMCX2が準備され、どれもデザインが美しいですね。
見た目が気に入ったので、最初はファットバイク用としてMTN1の購入を考えたのですが、割高な上にeBayを利用するくらいしか入手方法が無い状態。
諦め切れずに情報収集していると、引きの重さはTRP社製と大差が無い事がわかったので、今回は素直に見送る事にしました。
【追記】残念ながらREVER社製は既に流通しておらず、公式HPも無くなってしまいました。機能性と共にデザインも私好みだっただけに本当に惜しいです。
さて、消去法でTRP社製を選ぶ事になった訳ですが、こちらにもロード用のSPYREとMTB用のSPYKEがあり、加えてロード用には軽量タイプのSPYRE SLCがあります。
ロード用とMTB用とではワイヤーの引き量が異なるため、対応するブレーキマウントを確認した上で、それぞれに対応したレバーを選ぶのが基本。
MTBやファットバイクで使うならSPYKEにVブレーキレバーの組合せになりますが、SPYKEには見た目がそっくりなロード用もラインナップされいるので注意したいところ。
また、ロードバイク用のSPYREにはSPYRE-Cというよく似た製品もあり、こちらは中華製のOEM品。
本家でリコールされた不具合が未修正のままになっているバージョンも出回っているらしいので、SPYRE-Cの「C」はチャイナの「C」と心に留めておきましょう。
購入した『TRP SPYKE』の詳細
お約束ですが、購入したTRP SPYKEの詳細をチェック。
納品後すぐに気づきましたが、180mm径のローターを二枚注文した筈が、一枚が160mm径で送られてくる手違いがあり、これが後々思わぬ幸運をもたらします。
セット内容はブレーキキャリパーx2、180mmローターx1(フロント用)、160mmローターx1(リア用)、 インターナショナルマウント用アダプタx2、ローター&キャリパー用取り付けボルト1袋という構成。
取付け予定のファットバイクはポストマウントなので、今回はキャリパー本体とローター、一部の取付ボルトだけを使用します。
キャリパー本体の重量は170g、交換前のSHIMANO BR-M375よりも40gほど軽量な作り。
試しに、キャリパーの可動部分を指で摘まんでパッドを閉じてみましたが、指先に感じる抵抗感は片側ピストンのSHIMANO BR-M375とそれほど変わらない印象です。
ローターは180mmが166gで160mmが117gで標準的な値。
現在使用しているセンターロック式のSM-RT10 180mmがロックリング込みで231g、前後で合計462g。
6ボルト式の新ローターをセンターロック式に変換するアダプターを使用すると合計で345gとなり、差し引き117gの軽量化となります。
元々のキャリパーやローターが重すぎるせいもありますが、ブレーキまわりの交換だけで200g弱の軽量化は地味に嬉しいところ。
センターロック式はローターの着脱が容易ですが、本体とロックリングが重くなりがちなのが難点かな。
キャリパーの左右には3mmの六角レンチでパッドとローター間のクリアランス幅を細かく調節できる仕組みが設けられています。
対向ピストンである点は油圧式と同じですが、この仕組みは機械式ディスクブレーキにしか見られない特徴ですね。
本来はパッドが減った際にクリアランス幅を調整して、パッドをローターに近づける目的で使いますが、ブレーキの効き具合を煮詰めたり、ローターとパッドが擦れる引きずり音の解消にも効果的に働きます。
標準ブレーキパッドはレジン製で、左右の調節ボルトを使ったパッドの可動範囲は上画像の通り。
左右どちらかだけを突出させる事もでき、調整の自由度はなかなかのモノ。
パッドが最も開いた状態でクリアランス幅は3.5mmくらい、ローターの厚さは1.7mm前後が標準ですから、最大でローターの左右にそれぞれ0.9mm程度のスペースが確保できます。
実はこの調節ボルト、回してもカチカチとしたクリック感が伴わず、目視やボルトを回した角度でしか左右均等に押し出されているかどうかを確認する術がありません。
一見すると欠点に思えるこの仕様ですが、実際にキャリパーを取付けて調整してみると、クリック感の無い無段階ボルトの方がレバーのタッチやブレーキの効き具合をシビアに追い込める事に気が付きます。
『TRP SPYKE』の取付と調整方法について
さて、いよいよ取付けですが、対向ピストンなだけに油圧式ディスクブレーキと似たような方法で行えます。
特に難しことはありませんが、左右パッドの出代や移動量を均等にしてあげることを意識。
この部分がアンバランスだと、左右パッドの移動量の違いからブレーキング時にローターが歪んでしまうため、折角の対向ピストンが無意味になってしまいます。
WEB上で解説されている方が沢山いらっしゃるので詳細は割愛しますが、大まかな手順は以下の通り。
【1】キャリパー本体が軽く動く程度に仮止め
【2】ブレーキワイヤーを引っ張って固定する
【3】ブレーキレバーを握ってローターを挟み込む
【4】その状態のままキャリパーを本締めする
【5】左右の調節ボルトやアジャスターボルトでブレーキタッチとパッドクリアランスを調整
大雑把ですがこの5ステップが基本的な流れ。
実のところ、結構アバウトに取付けても後からチマチマ修正が効くので、片側ピストンの機械式ディスクブレーキよりも遥かに簡単。
コツという程ではありませんが、取付前のキャリパーを事前調整しておくことで、取付け精度が上げられます。
キャリパーを取付ける前に左右の調節ボルトを六角レンチの角度を目安に左右均等に回して、クリアランス幅をあらかじめ2mm程度まで狭めておくのがポイント。
事前にこうしておくことで、キャリパーのセンタリング位置がアンバランスになるのを予防でき、ブレーキング時のパッドの片効きやローターの歪みが出づらくなります。
アナログなやり方ですが、L字状に曲がった六角レンチは回転させた角度を把握しやすく、私は90度区切りを目安にしました。
言い忘れましたが、左右のパッドはクリアランスが最大の状態からスタートして、そこから左右均等に押し出して2mmくらいまで狭めす。
中古品だと左右パッドの出代が最初からちぐはぐな場合もあるので、パッドのスタート位置をリセットするのは割と重要な作業だったり。
恙なく作業が進んだフロントに続きリアブレーキの交換に移りますが、手違いで届いた160mm径のローターをリアブレーキ用として使います。
ファットバイクではフロント180mm、リア160mmの構成は割とポピュラーなので特に抵抗はなく、少しでも軽量化できるなら悪くない変更かも知れません。
取付けが完了してから気付いたのですが、私のファットバイクはリアブレーキ用のマウントがシートステーではなくチェーンステーの側にあるタイプ。
マウントアダブターが必要な180mmローターだと、フレームクリアランス足りずに新調したキャリパーを取付け出来なかった可能性が……
まさに怪我の功名ですが、注文通りに届いていたら取付けスペースの狭さに大苦戦していたかも知れません。
さて、上画像には赤丸で囲ってある部分があります、ワイヤーを固定するお馴染みの部分。
海外のレビューではワイヤーをボルトの上側ルートに通している画像が多く、後から『本当は下側を通すのが正しいよ!』と訂正している内容が目立ちました。
ボルトの上側ルートを通して固定するか、下側ルートを通して固定するかでブレーキタッチや効き具合や大きく変わるそうで
このブレーキが登場した当時の効きがイマイチと言う評価は、この点が少なからず影響していたのかも知れません。
最後になりますが、前後のブレーキを交換してみて個人的に気になったのがローターとインナーケーブルとの干渉問題です。
上画像は新旧の機械式ディスクブレーキを比較した物ですが、上側の新ブレーキは形状や構造の違いからケーブルラインが旧ブレーキよりも 2cm以上内側に入り込むカタチに。
車種やメーカーによってブレーキマウントの形状や位置も異なるので一概には言えませんが、私の場合はこの影響でフロント・リア共にインナーブレーキケーブルの終端がローターに干渉する位置に達します。
気になって調べてみると、ワイヤーに癖をつけてローターと干渉しない内側や外側に曲げている方が多く、カットに加えて干渉しない向きにワイヤーを曲げて癖付けしてしまうのが手っ取り早い解決策でした。
まとめ
今回説明した方法でキャリパーを取付けた後は、キャリパー本体左右にある調整ボルト、キャリパー本体のアジャスターボルト、ブレーキレバーのアジャスターボルトの三つを調節して自分好みのブレーキタッチに仕上げます。
クリック感が無く無段階に調節出来るキャリパー左右の調節ボルトが思いのほか使いやすく、初めてでもタイヤをロックできる状態まで短時間で追い込めました。
流石に油圧式には及びませんが、ローターにアタリが出始めると車重の重いファットバイクでもしっかりとロックできるようになり、制動力は十分に合格点があげられます。
また、懸案だった引きの重さもJAG WIREの『Elite Link Brake Kit』を使っているせいか、交換前と比べても極端に重くなったと言う感覚はありませんでした。
因みに、TRP純正のパッドは効きがイマイチらしいので、不満を感じたら互換性のあるシマノ純正レジンパッドのB01Sに交換しましょう。
対応するシマノ製レジンパッドはB01S ⇒ B03S ⇒ B05S-RXと耐摩耗性がアップした後継モデルが混在していてちょっと厄介。
どのパッドも互換性が保たれているのでお好みで選べますが、特に理由が無い限り最新版のB05S-RXを選びたいところ。
余裕があればローターもシマノ製にするのが確実かも知れませんね。